夢の途中ブログ

プライドの柔らかいところを

笑い話になるはずだった話

カスなので何かをやらかすとすぐ「どうせ何年か後には笑い話になるし」と考える。

カスとはこれくらいポジティブでなくてはならない。


記憶にある最初のカスエピソードといえば小学校時代の修学旅行を思い出す。

修学旅行で何を見たとか何をしたとかはほとんど覚えていない。

当時の担任は大学卒業したての女教師で旅館の部屋名「燕子花」が読めず「つばめこばな」と読んだのをめちゃめちゃ笑ったのは覚えてる。
典型的なクソガキ。よく殴り殺されずここまで生きてこれたものだと思う。


中学受験をした私にとって当時は受験間近だった。
学年の1/3くらいが受験をする小学校で、その中では頭がいい部類に入っていた。そんな私はとにかく社会を舐めていた。

中学受験をする子は塾に行って勉強をする。小学校で習う以上のことをバンバンやる。偉かったとは思う。よくその歳で勉強できたな、とは思う。


ただ、当時の私に会えたとしてもそんなことは言わない。こっぴどく叱り、殴りつけて大人の怖さを教えたい。

塾でもクラスが上だった。たった12歳の子が調子に乗らないほうが無理だったのかもしれない。


当時仲良かったカピちゃんという子がいた。カピバラに似てるからカピちゃん。
カピバラは可愛いが、カピバラに似てるというのは褒め言葉ではない気がする。


カピちゃんと私は仲良しだった。

カピちゃんは受験をしなかった。
私は分数がわからない彼女によく算数を教えてあげていた。あと塾の先生が言ってたウンチクをそのまま彼女に教えてた。
彼女はたまにふざけて私を「先輩」と呼んだ。
 
私は彼女を友達だと思っていた。


カピちゃんと私は修学旅行でも同じ部屋になった。
私とカピちゃんの他に、後に日本一レベルの高い女子校に進学することになるTちゃんがいた。


「将来何になりたい?」
どんな流れだったのか、小学生らしくちゃおの付録の話でもしていれば良かったのに、夜そんな話をした。

私は小説家と言ったはずだ。
国語が得意で、本が好きだったからそう言ったのだと思う。
夢を持つのは悪いことじゃない。決して罪ではない。
実際にその後私は文芸部に入り、そして今もそこにいる。
私は自分が小説家にはなれないと熟知した今も、あの頃の延長線上にいる。


Tちゃんは「夢はないけど外国で働きたい」と言っていた。

最後にカピちゃんが「お医者さんになりたい」と言った。
万歳だ。素晴らしい。小学生にして人を助けたいと思えるその気持ちに乾杯したい。

「無理だよ」

嫌味、というつもりさえなかった。
ツッコミくらいの感覚だった。
オイオイオーイ分数もわからないくらいのカピちゃんがなれるわけないでしょうが!!って、そんくらいの気持ちだった。

「カピちゃんはニートになるよ」

本当に、悪気はなかった。
カピちゃんは"ニート"の意味を知らなくて、それが面白くて笑ってた。

修学旅行が終わっても私の中では全部楽しい思い出だった。

1週間後、先生に呼び出された。
カピちゃんがお母さんに一連のことを話し、お母さんから連絡が入ったらしい。

私は先生に怒られ、本当に反省してカピちゃんに謝った。それでも、謝りながら「いつか笑い話になる」と思っていた。

出生不明の芸人魂のようなものに励まされていた。何年か後には笑い話になる、と思えば気が楽だった。
なんで?全然面白くないよこのエピソード。今も書きながらどこにも笑いどころがなくて困ってるくらいだけど?

それこそハイパーオモシロ話術が私にあれば笑い話に昇華されることもあるかもしれないが、もちろんそんなものは無く今までで人に話したことさえない。


一昨日私は偶然カピちゃんを目にした。
塾の友達のLINEアイコンがカピちゃんとのツーショットだった。

もう彼女は"カピちゃん"ではなかった。輪郭はほっそりとして若干の化粧っ気があるカピちゃんは到底カピバラには見えない。

アイコンの女の子が幼馴染だと伝えると、さすが友人の顔を無加工で載せてしまう女らしくプライバシーを無視して色々と教えてくれた。
カピちゃんが吹奏楽部の部長であること、理系クラスで成績上位であること、小学校の同窓会がきっかけで彼氏ができたこと。

分数がわからなかったカピちゃんはいつから数学が得意になったのだろう。

彼女に算数を教えていた私は中間試験で21点を叩き出したばかりだ。ちなみに小学校の同窓会があったことも知らない。

カピちゃんはまだ医者を目指してるだろうか。
カピちゃんならなれるよ。
成績を知ってからこんなことを言う私は相変わらず最低だ。





友達からカピちゃんの現状を聞きながら、私は「ブログで笑い話にしよう」と思った。
どうですか、笑えましたか?